極論、暴論・・・、総論?
目の下のクマが取れずに深刻に悩む小市民です。
以前の投稿で書きました「心の友」が今週初めから消えてしまいました・・・
以前の記事で撮った写真とほぼ同じ位置から撮った写真ですが、いつも
この辺に必ずいた彼が今週月曜から姿がありません。
どうしたのでしょうか。
病気?けが?
いえ、そうではなく、就職したとか、引っ越ししたとかの前向きな方向へ
進み始めた結果、ここからいなくなった、と思いたいです。
私と彼は紙一重でした。
私もいつ、今いる場所から消えるか分かりません。
常に前向きでありたい、と再び思いました。
本題です。
最近、親族間の犯罪ニュースがやたらと目に付きます。
親が子を殺した。
子が親を殺した。
夫が妻を、妻が夫を殺した。
死んだ親を生きていることにした・・・
どれも信じがたいことですが、許せないのはやはり親が子供、特に赤ちゃんや小さな子供を殺すことです。
赤ちゃんや小さな子供は親がすべてです。
特に小学校にまだ行かない子供は、両親が大好きで、その子の人生の中で何よりも幸せな時代だと思います。
しかし、その小さな命を親が絶つ。
私はそれが許せない。絶対絶対、絶~~~っ対に許せない。
個人的には、子供を殺した親の刑罰は、子供を殺した方法で死刑、という方法が一番だと思います。
かなり極端な意見だと自覚していますが、親の身勝手で子供を殺す人に情けは不要でしょう。
子供の躾で殴ったら死んだ?
そうか。ならお前のその考え方も躾けてやるから死ぬまで殴る!
・・・と言いたくなります。
え?泣き声がうるさいから箱に詰めたら死んだ?
そうか。ならお前もうるさいから北朝鮮の政治犯収容所へ詰め込んでやる。死ぬまで帰るな!
・・・と言いたくなります。
餓死には餓死を、殴打死には殴打死を。
橋の上から子供を突き落としたなら、同じように。
責任感無く子供を作り、気軽に生み、育てられなくなれば殺す。
子供ができてしまい、後先考えずに結婚し、ちょっと嫌だとすぐに離婚する。
そして再婚相手の親に殺される。
すべての犠牲が子供にいきます。
死なないまでも、親に虐待されて体と心に傷を負った子供の数は膨大な人数でしょう。
言葉の暴力。体への暴力、放置。
親であるあなたがこんなことを今されたら、耐えられますか?
会社で同じ事をされたら速効で辞めるでしょう。
しかし子供は自分の意思で親の側を離れられません。
離れられるのは死んだときだけ・・・
そう考えると涙が出ませんか?
私はいい年をしたオジサンですが、そういうニュースを見るたびに涙が滲みます。
それと比べたら死んだジジババを生きていることにして年金を詐取する、何てかわいいもんじゃないですか。
それを無くすには時効を撤廃して過去に遡って詐取されたお金を徹底的に取り返す。
それこそケツの毛まで抜くような勢いですべてを剥ぎ取る。
さらに生きていることにして年金を詐取して利益を得た人たちとその家族の将来の年金をすべて取り上げて、年金、
もしくは生活保護を1円も払わなければいいだけですから。
そう発表するだけでゼロになりますよ。
一時期、赤ちゃんポストが話題になりました。
批判する人たちは親が無責任になる、という論陣を張った、と記憶しています。
しかし、その結果死んでしまう小さな命に対してその批判した論客は何と言うのでしょうか。
児童相談所は優秀ではありません。
どちらかというと競争原理が働かず、お役所仕事になるために後手にまわり、結果として悲劇が起こる。
社会が同じように救いの手を差し伸べるべき対象の子供と老人とでは、税金が投入されている額が決定的に違います。
もちろん子供よりも老人世代の方へ圧倒的に多くの税金が投入されている、と聞いたことがあります。
その結果、児童相談所や保育園などの子供を育てやすい環境の整備が遅れる。
なぜ子供よりも老人への税優遇が大きいのか。
理由は簡単です。
老人には選挙権があるけど、子供には選挙権がありません。
ただそれだけの理由だと私は思います。(極論ですが)
つまり、為政者からすると選挙権の無い人間は、為政者からは見えない、つまりいないということと同じです。
こう考えると馬鹿馬鹿しい限りですが、結局子供が犠牲となる遠因は国全体が子供を歓迎する風潮ではない、という
ことではないでしょうか。
そう思えば私が子供のときには子供同士で暗くなるまで外で遊べましたが、今では明るくても親同伴でなければ外で
遊べません。
狂ってません?
こんな世の中。






